渚のお釈迦サマー

実に適当なブログです。

尾瀬まいこ「強運の持ち主」を読んでみた。

 はっきり言って自分は強運の持ち主ではない。

 むしろ凶運の持ち主である。

 あれは忘れもしない、ある街のお祭りでのことだ。

 その街は、所謂都会に分類される所で、自然と街の規模も大きくなる。それはそれは多くの人で賑わう。そんな祭りに相方と来ていた。

 屋台が隙間なく連なっていて、群衆はやがて一つの大きな列になる。右往左往するのも一苦労。どうにか目的だったフランクフルトをゲットし、食していた瞬間だった。

 頭に僅かな衝撃を感じた。気のせいと言えば気のせい。しかし、何故だか確信めいた予感が頭をよぎった。

 相方に恐る恐る聞く。

 「頭、何かついてない?」

 相方は黙っていたが、明らかに怪訝そうに顔を顰めた。

 頭の衝撃は鳥のフンだった。

 こんだけ人いるのに、何で俺!?

 心の中で叫んだ。

 運はなかったが、うんこがついたのである。それはもうべったりと。

 さて、ガラリと本題に戻そう。

 本作は、あ、本題というのはタイトルを見てもらえばわかると思うが、これは実は読書感想文なのである。エピソードトークの記事ではないのである。

 しきり直して、本作の主軸としてあるのが「占い」である。

 よくテレビとかで占い師が特集されていたり、街中を見ると、布がかけられたテーブルの上の水晶を愛でている占い師らしき人がいると思うが、そんな占い師の話である。

 ただ主人公は、占いの知識があまりなく、技術、つまりはトーク力で人を導くテクニックを使う。

 一見詐欺の様でもあるが、それは読んでみると違うことに気づく。

 それは占い師の本質を本作で感じ取ったからだと思う。

 物語は占いに来た客たちのエピソードで構成される。占いを間に受けた客たちの行動。それを見届ける主人公の変化。

 それらが、さらりとした滑らかな文体に乗っかり、展開されていく。

 後味さっぱりな、大根おろしの様な作品だと驚嘆する。

 それに比べ、このブログはなんだかぼってりしている。驚嘆する。